J・キャメロンが10年以上構想を温めに温めたという話題作。世評がやけに高く、気になって見ておこうかな、と。
本格的3D映画の嚆矢となる位置づけながら、映像の完成度はすでにきわめて高く、かつて赤と青の色メガネで見た“立体映画”とは比べものにならないクオリティにまずビックリ。全編を通して青と緑が基調となった本作の映像世界もほんとうに美しく、この映画を見終わったあと、現実世界に幻滅を覚えてしまう「アバターうつ」なる症状まで蔓延しているというのもうなずける。
ところが、映像面に比べてストーリー面が弱いのである。ステレオタイプそのものの勧善懲悪物語で、なおかつ、最初のほうで早くもネタが割れた感のある展開が、そのまま最後までまでいってしまうという凡庸なものにとどまっていて、ストーリーを追う楽しみはあまりなかった。また、テーマとしては「共存」を訴えているのに、惑星パンドラを開発することしか考えなかった人間たちとは結局わかり合わうこともなく、ただ追い出しただけで決着、テーマとテーマを訴える筋書きのあいだに矛盾が横たわっていたように思う。
細かいところでは、主人公が戦士の証明として鳥を乗りこなそうというシーンで「おまえはオレのものだ」と叫ぶ。「おまえはオレのもの」とは支配宣言であって、これも共存や共生とは異質で抵抗を覚えた。もし、このあと「そして、オレはおまえのものだ」とひと言付け加わっていたら共感できたのだが。そのように、テーマを細部まで煮詰めたとも感じられない熟成不足があったように思う。
テーマとのかかわりだけでなく、純粋にストーリー展開的に納得できないところも散見された。たとえば、いったん裏切り者としてナヴィ族に見限られた主人公がふたたびナヴィ族に認めてもらうのに、伝説の怪鳥を手なづけることによってそれを果たすというところ。まるで、禁じ手のジョーカーを切ったみたいに端折られた感があり、肝心な信頼回復のプロセスが誤魔化された印象があった。これで構想10年とか言われてもなあ、という気がしてしまうのである。
このように本作は、技術面では傑出した出来栄えを示す一方、内容面は意外なほど完成度が低く、奇妙にアンバランスな性格となっていたように思う。すばらしい映像、驚くべき3Dテクノロジーを堪能するだけならよいが、映画はやはり内容も伴ってのものだと思うので、何とももったいない印象が残った。
ただ、バーチャルとリアルの境目がわからないほど渾然一体となった映像は、もはや「実写」とか「アニメ」といった既存の概念を無意味化しつつあり、新しい次元の表現の可能性を感じさせるものではあった。惜しかった!
(10.2.15)
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