ドレスデン 運命の日

監督:ローランド・ズゾ・リヒター

製作:ニコ・ホフマン

2006年・ドイツ



★★★★

 

1945年、第2次世界大戦の末期、ドイツのドレスデンに対してイギリス軍によって実際に行なわれた大規模空爆を題材にした作品です。


ドレスデン絵画館にフェルメールの『取り持ち女』と『窓辺で手紙を読む女』をはじめ、ラファエロやジョルジョーネらの名作が所蔵されているため、私もドレスデンを訪れたことがあります。また、ずっと以前、ある1枚の写真を見て、それが強烈に脳裏に刻まれたことも、この現在は世界遺産に登録されている中世以来の都市を訪問したく思っていた理由でした。


これが、その写真です。空爆の直後、ドレスデンの街を俯瞰で写したものです。画中の建物すべてが灰燼と化しており、絶句しました。かろうじて残された壁だけが累々と立ち並ぶさまは、まるで骸骨のようで、凄惨というしかありません。このとき、ドレスデンの実に85%が、こうした壊滅状態になったとされますから、破壊の限りが尽くされています。当然、無差別爆撃で、10万人とも15万人ともいわれる一般市民が殺されました。画面の右には奇跡的に破壊を免れた聖女の像が写しこまれています。その姿は、石でできた像でさえも、まるで廃墟のようになったドレスデンにいたたまれず慈悲と博愛の手を差し伸べているみたいで、なおさら痛切な想いを湧き上がらせます。ヨーロッパでは、今日なお、ドレスデン爆撃はここまでやる必要があったのかと議論されています。ちなみに、第2次大戦絡みでの同じような大規模無差別空爆には、ドイツ軍によるゲルニカ爆撃、日本軍による重慶爆撃、アメリカ軍による広島・長崎への原爆投下などがあります。


本作は、まさに、この惨劇の実体そのものと正面から向き合おうとしたものです。物語は、イギリス空軍兵士のロバートとドイツ人看護師のアンナの、偶然の出会いから始まる愛を軸に展開します。しかしながら映画の最大の見どころは、史実を忠実に再現した映像そのものです。徹底したリサーチに基づいて、可能な限り、当時のありさまをそのまま蘇らせるべく映像がつくられています。そのためには、実在した人物については、そっくりな俳優をあてがうほどの念の入れようで、スタッフの熱意がおのずから伝わってきます。


爆撃シーンは、実写といっても通用するほど迫真的です(実際、部分的には実写フィルムが盛り込まれています)。五月雨のように情け容赦なく落ち続ける爆弾が、鼓膜が破れるような爆発音とともに至るところで炸裂し、安全な身の置きどころなどなく、いつ死ぬかは、もはや偶然に託すのみという極限状況は、身の震えが止まらないほどで、映画であっても、悪夢なら覚めてくれと祈ってしまうギリギリの現場です。全身丸焼けになりながら逃げ惑う人、うずくまった形で黒こげになった死体、足がちぎれて瀕死の人、見ているだけで辛い光景が続きます。それでも、これは映画という仮想現実なのです。実際に爆撃に遭った人たちの情況は想像を絶します。映画は、イギリス、ドイツのどちらに加担することもなく、ありのままであろうシーンを映し続けます。


ロバートは、冒頭では空爆を行なう立場だったのが、後半では空爆を受ける立場となります。それによって、攻撃側では計画通りに実行していただけだった「作戦」が、攻撃を受ける側にとっては「地獄絵図」以外の何ものでもないリアルを知ります。この世界転換こそ、本作の重要なポイントと私には思えます。よく、軍事について「戦略」を語る人がいますが、常々、そうした人がどれくらい「戦略」のリアルをほんとうにわかっているのか疑問に感じます。とくに、各国政府の中枢にいる人たちが、「戦略」とは、現実には「地獄絵図」であるということを踏まえてくれているのかどうか。どれくらいの軍事力が必要だとか、どれくらいの兵力や予算を投入すべきだとか、軽々しく「戦略」を語らないでくれと、本作を真摯に受け止めた人間なら、誰でもそう考えるように思います。


この映画のプロデューサーや監督は、若いドイツ人です。戦後、60年が経ち、惨劇の痛みが薄れてきた現在で、若い世代がこのような作品をつくったのは瞠目すべきことです。つい、日本と対比してしまい、日本では、戦争を体験した当の世代でさえ、戦争の悲惨さより、歴史教科書検定などに見られるように日本の“アリバイ”ばかり主張したがる風潮があるのにはやりきれない思いがします。


空爆後、主人公がむごたらしい焦土を自失して彷徨うシーンは、ゴヤの版画集『戦争の惨禍』を思い起こさせます。あるいは、丸木位里・俊夫妻の『原爆の図』を。そこには、もはや敵も味方も、正義も悪もなく、ただ“あるべきでない現実”しかないことを思い知らせます。


これは、ドレスデンを訪れたとき、最初にご紹介した写真が撮影された場所を探し出して、同じように撮ってみたものです。すがすがしい青空の下、ドレスデンの街は美しくたたずんでいました。この穏やかで美しい世界をずっと維持できるかどうかは、私たち一人ひとりに、いつも問われているように思います。

あと、ほとんど余談かもしれませんが、邦題も『ドレスデン』だけでよかった気がします。

(08.6.30)