崖の上のポニョ

監督:宮崎 駿

脚本:宮崎 駿

2008年・日本



★★★★

 

魚の少女ポニョが、人間の少年ソウスケと出会い恋する物語。いってみれば、ただそれだけのお話です。現代版人魚姫といえそうですが、アンデルセンの人魚姫が終始、シリアスなトーンで物語が紡がれ、ラストも悲劇的な結末なのに対して、こちらのほうは終始、楽天的な明るさがあります。


見終えての私の第一印象は、この映画は「宮崎駿の宮崎駿による宮崎駿のための映画」だというものでした。


巷間、子ども向けだ、いや、子ども向けのようで大人向けだ、などなど、いろいろいわれていますが、あえていえば、どちらでもなく、宮崎監督自身向けの映画だったというのが一番当たっているのでは、と私は感じました。こんな世界が好き、こんな人たちが好き、こんなキャラクターたちが好きといった宮崎監督の世界をそのまま作品化したものに思えたのです。


作品全編を通して、真っ白な木綿をイメージさせるような素朴さが感じられましたが、それは何よりも宮崎監督が到達した現在の境地そのものみたいな気がします。かつて、『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』『もののけ姫』では思想性の強いメッセージが力強く発信され、いわば、宮崎監督の“政治の季節”をかたちづくりました。その後、『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』ではファンタジーの色彩が強くなり、深刻なところから昇華しつつあることを感じさせました。


そして本作では、もはや何ものにも捉われない、一種、自在な心境にいたった監督のプレーンな精神世界が、そのまま映画に反映しているように思われます。ポニョという無垢なキャラクターが映画のなかでどんなふうに暴れ、どんなふうに生きていくのかを宮崎監督自身が一番楽しんでいたのではないでしょうか。


その証拠にというと大げさですが、本作には、(もちろん)いちおうのストーリーはありますが、それはあってなきが如しの趣で、映画という体裁を保つための方便といった感じなのです。ストーリーによって何かを訴えたり、感動させたりするというより、溌剌としたポニョが笑い、泳ぎ、波に乗り、宙返りし、駆け回る姿を映し出すためのお膳立てにすぎないように私には思えました。


そこに感じられるのは、まさしくおじいさんの孫への視線です。よく、子どもより孫のほうが何倍もかわいいといいます。子どもに対しては親としての責任が一義的に生じ、また、子の成長に伴って、さまざまな生々しい事柄とも向き合っていかねばなりません。しかし、孫となると責任は希薄になり、ひたすらに愛情の面だけで接することができます。宮崎監督にとっては、『ナウシカ』や『もののけ姫』は子どもで、ポニョは孫なのではないでしょうか。


そのように考えてみると、本作が宮崎監督最後の作品になっても何らおかしくない気がします。酸いも甘いも知り尽くし、あらゆる戦いの果てに宮崎監督がたどりついた世界がポニョだったのなら、もう“ポニョ以後”は要らないし、ポニョは監督の掉尾を飾るのに、じつにふさわしい作品であるようにも思います。


そんなふうに、もはやイデオロギーや思想といったものを超えて、「くるところまできたなぁ」と感じさせる、一種、感慨を覚えさせる一作でありました。

(08.8.7)